東京国立博物館東洋館 特集《創立80周年 常盤山文庫の名宝》 後期展示1
- 期間
- 令和5年9月26日~10月22日
- 会場
- 東京国立博物館東洋館8室
東京国立博物館東洋館で開催の「常盤山文庫の名宝」、今週から後期の展示が始まりました。
常盤山文庫コレクションの母体は禅宗の高僧の書である墨蹟です。佳い作品がそろっているのですが、何が書いてあるの読めないし、「尺牘」だの「偈」だの特殊な言葉も多くて馴染みづらいというのが実情です。
中国の高僧の字でありながら中国にはないというのも墨蹟の不思議なところですが、そもそも書家の字ではありませんし、日本の三蹟三筆のように書自体の美しさを認められたものではありません。中国に修行に渡った日本の僧侶が、憧れの高僧の書き記したものを大切にし、それが後世、一部切り取られ軸装、飾られたのが現在の姿です。
読めないながらも、現代に残った「文字」から「憧れの高僧」がどんな人だったのか、想像してみてみるのは如何でしょうか。
ここに紹介するのは常盤山コレクションの中でも私の好きな字で、北条時頼の招きにより鎌倉建長寺の開山となった蘭渓道隆のものです。若くして執権となり元寇という受難にあった時宗の治世が久しく安寧であることを願って書かれたもので、中央に「弟子時宗」と見えます。私が蘭渓道隆の名を知ったのは、三島由紀夫の小説「海と夕焼け」でした。十字軍に参加しながらいつのまにか売られてしまっていた少年が、蘭渓道隆に救われてたどり着いた13世紀の鎌倉建長寺で、月日を重ね、老人となった晩夏の夕暮れ、夕焼けを見ながら少年時代の過去を思いおこす物語です。小説に描かれた少年の人生は哀しいものですが、その少年を救った蘭渓の文字と思うと、いろいろな想像が沸き起こります。
敵味方関係なく元寇で命を落とした人々を弔うために北条時宗が創建した円覚寺の開山、無学祖元の優し気ながらも芯を感じる文字、生涯大寺の住持にはならずに天目山に庵を構えて弟子を育てた中峰明本の独特の文字。
墨蹟は過去に生きた人の文字、その文字からその人がどんな人であったのか、想像してみるのも墨蹟の楽しみ方の一つと言えるのではないでしょうか。
常盤山文庫学芸部 佐藤サアラ